東京高等裁判所 昭和36年(う)900号 判決
被告人 宮山盛夫
〔抄 録〕
原判決の認定した犯罪事実は本件公訴事実と同一であつて、被告人は城山正三の所有する東京都港区芝田村町八丁目八番地所在宅地一四〇坪位を利用するため、その所有権移転登記申請等に必要な右城山作成名義の委任状等を偽造しようと企て、永井輝実及び日向久と共謀の上、行使の目的をもつて、昭和三四年四月三〇日頃同都新宿区戸塚町二丁目九五番地豊川アパート内日向久の居室において、城山正三の偽造印を使用し擅にその署名を冒書して、右宅地売却に関する交渉、登記並に金銭授受についての一切の権限を委任する旨の城山正三名義の委任状一通を偽造したものである、と云うに在る。
これに対し、弁護人の所論は、要するに、被告人は永井輝実及び日向久が土地所有者城山正三から右宅地売却、登記並に金銭授受についての一切の権限を委任されているものと信じて右永井及び日向と共に本件委任状を作成したものであるから、被告人は委任状を偽造する意思なく、従つて右委任状作成行為は私文書偽造罪を構成しないから原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認があると云うに在る。
当裁判所は記録を精査し、原審における審理の結果及び当審における事実取調の結果を仔細に分析綜合して判断した結論は所論に合致するものであつて、その要旨は次の通りである。
本件委任状作成当時の前後の経過の概要は、当裁判所の認定によれば左の通りである。
即ち「被告人は不動産の売買仲介等を業とする富士開発株式会社の会長であるところ、昭和三四年四月二八日旧知の原判示日向久居宅で、同人から、本件土地の売却方を所有者城山正三から同人が委託されているので売却の斡旋をして貰いたいと依頼されて承諾し、同月三〇日再び日向方で、永井輝実及び日向久に面会し、日向久は永井輝実を被告人に紹介した。この時永井輝実は、被告人に対し、日向久と共謀の上偽造して持つていた城山正三の実印なるものを示し、所有者から信用されて実印まで預つて持つていることを誇示し、且つ永井は被告人に対し、自分は城山正三と親しい間柄で本件土地の売却委任を受けていることを種々説明し、永井は日向と共にこの物件の売却斡旋を担当していることを告げ、売買契約、登記等に必要な城山名義の偽造白紙委任状二通の外偽造委任状二通、不正手段により入手した城山の住民票関係書類、米穀通帳その他の必要書類を並べて見せた。被告人は右土地の売却については、既に朝日新聞の広告にも掲載されたことを知つており、同業者の間においても売買物件として取扱われていることを知つていた。被告人はその場で右土地の売却斡旋方を承諾した。その際永井が示した委任状は、所有者城山正三が永井に売却についての権限を委任し、永井は更に日向に委任する所謂復委任の形式になつていた。被告人はこの復委任の形式は売買斡旋上不便不利であり、所有者城山正三から日向久へ直接委任する委任状の方が便宜である旨を告げて、永井、日向、被告人三名が協議の上右偽造印を使用して、本件委任状即ち城山正三が日向久を代理人として本件土地の売却、登記、代金の授受についての一切の権限を日向に委任する旨の委任状一通を作成した。その後この三名は土地売却についての必要書類を更に補充した上、被告人の仲介で、本件土地は本件委任状以外の他の偽造委任状を使用して豊田実に売却され、豊田は更にこれを他に転売し、転々として本件土地は結局同年五月八日南海商事株式会社の所有名義に登記された。然し本件委任状は、日向が自宅に放置したまま使用されずに終り、日向から捜査当局へ任意提出された。」
問題となる点は、本件委任状を前示認定の如く永井輝実、日向久及び被告人の三名が共同して作成した際に、被告人は、永井及び日向が所有者城山の土地売却について全面的に委任を受けた正当な代理人であると信じていたか否かに在る。
この点について被告人は司法警察員の取調の時以来一貫して、永井及び日向を城山の正当な代理人であると信じていた旨供述している。そこで先ず被告人に有利な点を考えて見ると、被告人は永井とは初対面ではあつたが、知人日向から永井を紹介され、永井は土地所有者たる城山正三名義の実印なるものを所持しており、永井は被告人に対し自己が城山から同人所有の土地の売却委任を受けるについて、城山との親しい関係、城山の経歴等を種々説明し、前示認定の如く売買、登記に必要な委任状数通及び城山の住民票関係書類、米穀通帳等を被告人に示したこと、被告人は本件土地については既に朝日新聞に広告されていたことを知つており同業者間では売出し物件として取扱われていることを知つていたことその他前示認定の諸事実を綜合考慮するときは、被告人が永井及び日向を本件土地売却についての城山の正当な代理人、受任者であると信じたという被告人の主張は一応筋の通つた弁解であることを失わない。次に被告人に不利な証拠としては、日向久の検察官に対する供述調書(昭和三四年七月一六日付及び同月二七日付)であつて、その供述中特に「被告人は平素日向久に対して、他人の土地売却についての偽造書類を揃えて持つて来い、直ぐ金にしてやる、と屡々繰返して云い、その様な不正なことを今迄度々繰返してやつていた。日向と被告人との間では不動産の売買について、特に本物だと断わらない限り偽造書類を持つて来たことを意味するものである。本件についても、日向は被告人に対し特に本物だと断わつていないし、その上被告人に対し、又例の物件(偽造書類を意味する)を持つて来たと云つたから、被告人は偽造書類に基く不正な土地売却であることは本件委任状作成の際十分承知していたものである。」との供述であるが、原審及び当審における審理の結果に徴すれば、被告人は平素日向久その他の者に対し、「事件物(競売物件を指す)があつたら持つて来い、金にしてやる、」と云つており、競売物件を取扱つた形跡はあるが偽造書類に基く不動産の売却を被告人が自ら為し、或は日向その他の者と共謀して為したという具体的事実を裏付ける証拠は全然存しない。従つて日向久の右各検察官調書の供述は、日向の不安定な性格による、取調官に対する迎合的供述に過ぎないものと認むるの外なく、信憑力を欠き、尚被告人が本件犯罪嫌疑で三田警察署に勾留中、同署の他の房に勾留中の日向久に対し、被告人の同房の被勾留者等を通じて日向久に働きかけ、自己の事件についての日向の供述を誘導しようとしたことは証拠上認められ、相当不明朗な感はあるが、これとても被告人が、永井及び日向が城山の正当な代理人でないことを知つていたことを裏付けるに十分な証拠とは認め難く、他に被告人の犯意を裏付けるに足る証拠は存在しないので、結局本件私文書偽造罪の公訴事実については犯罪の証明を欠くものと云うべく、被告事件について犯罪の証明なきに帰する。従つて所論は、他の細部の点について説明をなすまでもなく採用に値し、論旨は理由がある。
(尾後貫 鈴木 飯守)